\ 現在までの軌跡 /
単身オーストラリアへ留学
東南アジアを中心に、一人で10カ国近くを担当する。
『maimai』『CHUNITHM』『CODE OF JOKER』『Wonderland Wars』などの
タイトルを手掛ける。
プロデューサーとしても複数プロジェクトを担当。
Q1学生時代にしていたこと
小学校3年生から学生時代は、野球に打ち込んでいました。一方で、ゲームやアニメ、漫画、小説、映画などのエンタメにも夢中で、野球以外の時間はエンタメに触れて過ごしてきました。高校卒業後は「知らない世界に飛び込んでみたい」と、英語が苦手だったにも関わらず単身オーストラリアへ留学。約6年間、多国籍な仲間との生活やイベントの企画・運営を経験して、いろいろな価値観を前向きに受け入れる姿勢と、自らエンタメを生み出していく面白さを学びました。

Q2セガの志望動機
就職活動では、日本から世界に向けてビジネスをしている会社を軸に、企業を探していました。セガと出会ったのは、海外大学卒業生向けのキャリアフェア。初めて遊んだゲームがセガの『SG-1000』のソフトだったこともあり、親近感を抱きました。さらに、私は約6年間留学していたため、他の人に遅れをとっているという焦りがありました。若いうちから責任のある仕事を任せてもらえるセガであれば、その差を埋められると感じて入社を決意。実際に入社後は早い段階から海外市場の営業として、自分の裁量で仕事を進める機会に恵まれました。
Q3入社して最初に担当した業務
海外営業として、東南アジア市場におけるアーケードゲームの営業を担当。現地の運営会社への提案や商談を通じて、多くの経営者と向き合い、市場やビジネスの考え方を学びました。入社2年目にはシンガポールや、その周辺の東南アジア市場を任され、前年の売上を上回る成果を達成。もちろん、すべてが順調だったわけではありません。うまくいった経験も、失敗した経験も、一つひとつ振り返りながら最適化していくことで、自分なりのやり方を磨いてきました。この経験が、現在プロデューサーとしてユーザーや市場を捉え、新しい感動体験を創造する土台になっています。

Q4入社前と後のギャップ
入社前に抱いていた日本の企業や会社員に対するイメージは、堅苦しくて年功序列。海外生活が長かったこともあり、新しい環境にフィットできるか不安がありました。ところが入社してみると、先輩や上司とも気軽に話せるくらいフランクで、自然体で仕事ができる環境だったのは良い意味でのギャップでした。
直近でプロデューサーとして担当したコンソールタイトル『ソニックレーシング クロスワールド』です。
Q5現在の業務内容
現在は副事業部長、開発部長、プロデューサーの三つのポジションを兼任し、事業戦略や組織マネジメントを行いながら、プロデューサーとして複数のプロジェクトを担当しています。私にとってプロデューサーとは、感動体験を創造して届ける仕事。どんな人に、どんな体験を届けたいのかをイチから考え、企画立案からチームづくり、予算やスケジュールの管理まで幅広く携わっています。そして、タイトルを世の中へ送り出すだけでなく、サービスを終えるその日まで。つまりゆりかごから墓場まで、責任を持ち続けることも大切な役割だと考えています。






